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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1216号 判決

登記簿上住所

茨城県土浦市荒川沖四百三十六番地

現住所

同所九百五番地

控訴人

鶴町運衛

右訴訟代理人弁護士

小神野淳一

被控訴人

右代表者法務大臣

牧野良三

右指定代理人

法務省訟務局付検事

滝田薫

法務事務官

那須輝雄

大蔵事務官

中村伝佐久

吉田常章

右当事者間の当庁昭和二十九年(ネ)第一、二一六号抵当権設定登記抹消登記手続請求控訴事件につき、当裁判所は昭和三十一年三月九日終結した口頭弁論に基ずいて、次のように判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の宅地について水戸地方法務局土浦支局昭和二十七年十一月二十五日受附第三三二三号を以つて、債権者国税庁のためなされた昭和二十七年十一月二十二日附酒税担保提供による債権額三十四万二千円の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上及び法律上の陳述は、控訴人訴訟代理人において、本件抵当権の被担保債権たる請求権は、国家の統治権の作用たる徴税権に基ずき、酒類製造業者に対し公法上の義務として酒税を納付せしめるもので、私人間の財産上の権利とはその性格を全く異にすること、またこの抵当権の実行は裁判所で行う任意競売の方法によらず、旧酒税法施行規則第五十条に規定するように国税滞納処分の公売の例によること等を考え合わせると、国家が公権力の作用として「酒税の担保として提供を受ける」という行政処分によつて取得する公法上の特殊の担保権というべきもので、民法上の抵当権とは本質的に異なるものであるから、抵当権という名を用うるとしても、民法の抵当権に関する規定の適用ないし準用はないと云わなければならない。そしてかかる物権的効力を有する公法上の担保権を創設した酒税法ではその内容を全然規定せず、僅かに旧酒税法施行規則第四十四条で「(前略)税務署長は抵当権の登記を登記所に嘱託すべし」と規定するに止まるのみである。かくの如きは民法第百七十五条からみても無効であり、従つて本件抵当権設定登記も無効というべく、よつて控訴人は本訴の第一次の請求原因として、本件各土地の所有権に基ずきこの無効の本件抵当権設定登記の抹消を求める。

仮りに本件担保権が抵当権若くは抵当権に準ずる権利であつて、法律上有効であるとすれば、予備的に第二次の請求原因として、右担保権は原審で主張したとおり、訴外昭華酒造株式会社(以下単に訴外会社という)が昭和二十七酒造年度に製造し移出申告をした焼酎十五石に対する正規の酒税を、既に昭和二十八年三月三十一日迄に全額納付したので、被担保債権の弁済により消滅したのであるから、本件抵当権設定登記の抹消を求める。なお原審で主張した請求原因事実中、昭和二十八年四月八日訴外下総酒造株式会社に焼酎十四石を代金八万四千円で売渡し、その際右移出焼酎に対する税金については、訴外会社において納付することを所轄税務署で承認し、且つその税金も訴外会社が納付した結果、訴外会社が既に納付した他の税額と併せて本件抵当権の被担保債権たる酒税額を超過したこととなり、本件抵当権は消滅したという趣旨の主張(原判決二枚目記録一一九丁表十一行目ないし同丁裏九行目)は、これを撤回する。

被控訴人の主張する訴外会社が焼酎乙類六石八斗八升を当初から密造の意思を以つて製造し、これが移出申告洩れであること、その酒税額が被控訴人主張のとおりであること及びその石数が同会社の正規に製造した焼酎の石数と併せて、同会社が昭和二十七酒造年度に容認せられた石数六十五石の範囲内であることは認めるが、右密造の六石八斗八升に対する酒税逋脱税は、正式に容認されたのでなく不法に製造した行為に対する懲罰的制裁的の意味で課税されるもので、本件担保権の被担保権の範囲外であるから、本件担保権はすでに被担保債権の消滅により消滅している。なお右六石八斗八升の焼酎の密造場所は、酒税法第十四条によつて酒類製造の免許を受けた土浦市大字中新田百五十番地訴外会社工場及びその敷地内並びに右同所訴外色川義雄方宅地内である。と述べ、

被控訴人指定代理人において、本件抵当権は酒税徴収の担保のため設定されたものであるが、かかる公法上の権利のため私法で規定する担保権、本件の場合では抵当権を設定することのできる根拠は、旧酒税法(昭和十五年法律第三五号)第四十三条第一項及び旧酒税法施行規則(昭和十五年勅令第一四五号)第四十条第一項、第四十一条、第四十四条第三項に基ずくものであつて、法律上有効である。なお本件抵当権については改正酒税法(昭和二十八年法律第六号全文改正)附則第一項第二項により、改正法施行前の旧規定が適用せらるべきものである。仮りに民法上の抵当権でないとしても、右旧酒税法及び同法施行規則各条の趣旨からみて、抵当権に準ずる担保権であるというべく、抵当権に関する規定を準用すべきものである。以上何れに解すとしても、担保権の実行については旧酒税法第四十五条同法施行規則第五十条によつて、国税滞納処分の公売の例によるのである。

本件抵当権の被担保債権たる訴外会社の納付すべき昭和二十七酒造年度の酒税のうち、同会社の未納にかかる分というのは、次のとおりである。即ち同会社には焼酎乙類六石八斗八升の申告洩れ犯則石数(一部は無断で製造場より他に移出して酒税を逋脱し、一部は酒税逋脱の目的で隠匿した犯則)に対する酒税額として、基本税十五万七千百八十円(旧酒税法第二十七条による。アルコール濃度の差異により一石当の税率異るも、六石八斗八升の内容につき一々計算して合計し、十円未満切捨てた結果、上記金額となる。次の加算税額につきまた同じ。)、加算税五万七千六百七十円(旧酒税法第二十七条の二による。)以上二口合計二十一万四千八百五十円が未納であり、且つ右六石八斗八升というのは、同会社に対する昭和二十七酒造年度の容認石数六十五石の範囲内で製造されたものであるから、本件担保債権の範囲内であり、従つて本件抵当権はまだ消滅していない。右六石八斗八升の製造場所が控訴人主張の如くであることは、否認する。なお控訴人の請求原因の主張の一部の撤回には異議がない。この撤回した主張に対する被控訴人の陳述も撤回すると述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴人訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし四、第六号証(同第一号証、第六号証はいずれも写)を提出し、原審及び当審証人白井甲子郎、同色川義雄の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果並びに当審における検証の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めてこれを利益に援用し、被控訴人指定代理人は、乙第一号証を提出し、原審証人榎戸平八、当審証人増田正利の各証言を援用し、甲第二、第四号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立(同第一号証、第六号証は原本の存在も)は認めると述べた。

理由

別紙物件目録記載の宅地四筆が控訴人の所有に属する事実、及び控訴人が昭和二十七年十一月十日訴外昭華酒造株式会社(以下単に訴外会社という)のため、同会社が昭和二十七酒造年度(昭和二十七年十月一日より和和二十八年九月三十日まで)に製造する酒類を移出した際国に納付すべき酒税(基本税及び加算税)のうち金三十四万二千円の担保として右宅地を被控訴人に提供し、被控訴人において昭和二十七年十一月二十五日右各宅地ごとに前掲請求趣旨記載の如き抵当権設定登記を嘱託して、現に該登記がなされている事実は当事者間に争がない。

ところが控訴人は、前示事実摘示に掲げた如き理由によつて右抵当権設定登記は無効であるから、所有権に基ずきこれが抹消を求めると主張するので審按するに、旧酒税法(昭和十五年三月二十九日法律第三五号、同法は昭和二十八年二月二十八日法律第六号により全部改正せられ、その附則第一項第二項によると、その施行の日である同年三月一日前に課した、又は課すべきであつた酒税についてはなお従前の例によるべきこととなつているから、本件についてはすべて改正前の酒税法の規定により判断する。以下酒税法というのはすべて改正前の旧法を指す。)第四十三条第一項によると「政府は酒類製造者に対し命令の定むる所により酒税に付担保を提供すべきこと(中略)を命ずることを得」と定められ、その担保の何たるやについては何等明定するところがないが、同条にいう命令である旧酒税法施行規則昭和十五年四月一日勅令第一四五号、同規則は酒税法の全部改正に伴い昭和二十八年二月二十八日政令第二十七号、酒税法施行令を以つて全部改正せられたが、旧酒税法によるべき場合には改正前の施行規則によるべきは当然であるから、酒税法と同様改正前の旧施行規則により判断する。以下施行規則というはすべて旧施行規則を指す。)第四十条第一項には「税務署長酒税保全上必要ありと認むるときは酒類製造者に対し金額及期間を指定した酒税に付担保を提供すべきこと(中略)を命ずることを得」る旨を、又同法施行規則第四十一条には「前条の場合に於て提供すべき担保の種類は左に掲ぐるものに限る(一ないし三号略)四土地、五火災保険に附したる建物(六、七号略)」と定めてあるので、土地が酒税についての担保物として提供せられるものであることが判り、更に同施行規則第四十四条第三項に「担保として土地、建物又は工場財団を提供したる者あるときは国税庁長官又は税務署長は抵当権の登記を登記所に嘱託すべしと定めてあるのでこれらすべてを総合して考えてみると、以上の法律及びこれに基づく勅令の各条文は文言としては、すべての担保に共通するようまとめて書かれているがためでもあると思われるが、何となくはつきりせず曖味な表現の仕方ではあるけれども、とにかくこれらにより税務署長が酒税につき担保を提供すべきことを命じ(施行規則第四十条第一項)、これに応じて酒類製造者又は第三者から土地を提供する旨の意思表示がなされたときは、その土地につき将来納付すべき酒税のために担保権の設定がなされたこととなり、その担保権は、施行規則第四十四条第三項で前示の如く抵当権登記の嘱託をすべき旨規定していることからみて、民法に規定する物権としての抵当権(所謂根抵当権)そのものであると解することができる。してみれば民法第百七十五条が、すべて物権を創設するにはその種類、内容、効力のすべてに亘り、法律によるべきものと定めている趣旨にも反するものではなく、また法律によるならば、酒税徴収権の如き公法上の金銭的請求権を担保するために、民法で規定する抵当権を設定することを認めるのは、少しも差支えないことと云わねばならぬ。そして抵当権である以上、これについては他の法律で別段の定めをしない限り民法の該当規定の適用をみるべきであるが、控訴人の指摘する酒税担保のための抵当権の実行につきその目的物を公売に附することとなつている点は、酒税法第四十五条において、他の担保物と区別せず一括してではあるが「金銭以外の担保物(中略)を公売に付して税金及び公売の費用に充てる」べき旨を定め、酒税法施行規則第五十条において「酒税法第四十五条の規定による公売の手続に関しては国税滞納処分の場合に於ける公売の例に依る」こととなつていて、これが民法の抵当権実行法即ち競売法の任意競売による方法の特別規定となつているのであるから、これまた前示解釈の妨げとなるものではない。控訴人の本訴第一次の主張は、要するに以上説示するところと異なる見解に立つものであつて採用し難く、本件抵当権は畢竟法律に基ずき正当に設定せられた有効なる民法上の抵当権(根抵当権)と解すべきであるから、これが無効であることを前提として、土地所有権に基ずきその抹消を求める控訴人第一次の本訴請求は失当である。

よつて更に控訴人が予備的に主張する右抵当権が被担保債権の消滅によつてすでに消滅したものであるか否かにつき、判断を進める。訴外会社が前記昭和二十七酒造年度において製造し、所轄土浦税務署に移出申告をした焼酎十五石に対する酒税二十八万三千四百七十円については、既に完納となつていることは当事者間に争なく控訴人はこれをもつて、本件被担保債権(昭和二十七酒造年度の酒税請求権)は全部消滅したと主張するに対し、被控訴人は、右納付にかかる酒税だけでなく、なお訴外会社が同一年度に製造し移出申告をしなかつた焼酎乙類六石八斗八升あり、これを被控訴人が発見してこれに対する酒税二十一万四千八百五十円の課税を決定し納入を告知した分が、未だ納付してないから、本件被担保債権はまだ消滅していないと主張し、訴外会社が酒税を完納した焼酎十五万石の外に同一酒造年度に焼酎乙類六斗八升を製造しており、これが移出申告洩れ分に対する酒税は、酒税法第二十七条による基本税十五万七千百八十円及び同法第二十七条の二による加算税五万七千六百七十円、合計二十一万四千八百五十円であること、並びに右申告洩れの石数は酒税完納の分の石数と合わせても、右訴外会社が右酒造年度分として製造を容認せられた石数六十五石の範囲内であることは当事者間に争なく、右申告洩れ分に対する酒税が現に未納であることは、成立に争なき甲第三号証(東京国税局長より訴外会社に対する通告書)原審証人白井甲子郎、同色川義雄の各証言(各一部)及び弁論の全趣旨から認めることができる。而して本件抵当権が、昭和二十七年酒造年度に訴外会社製造にかかる酒類を移出した際に納付すべき酒税を担保するため設定せられたものであることは、前項の如く当事者間に争なきところであつてなお成立に争なき乙第一号証(土浦税務署長宛酒税担保提供書)及び原審証人榎戸平八の証言を総合すれば本件担保設定前当時の土浦税務署の係長から担保提供者たる控訴人に対し、担保は昭和二十七酒造年度における容認石数全部に対する酒税についての担保であつて、その被担保金額の限度は容認石数の一ケ月当り三倍即ち三ケ月分に一万九千円を乗じたものであることを十分説明してあり、控訴人が酒造者たる訴外会社と連々に土浦税務署宛て提出した酒造担保提供書にも「昭和二十七酒造年度中製造したる酒類を移出した際納付する基本税並に加算税金三十四万二千円也の納税担保として提供します」と明記してある事実が認められるから、控訴人被控訴人間では、本件抵当権の被担保債権の範囲についての合意は、右提供書の文言どおりに一致していたものというべく、(原審及び当審証人白井甲子郎、同色川義雄の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中にはこの認定に抵触するような部分も存するが措信し難く、成立に争なき甲第二号証中に「当会社製造の酒類を移出に際し基本税及加算税即ち正常の課税担保としてのみ」云々の字句存することは、同証が訴外会社より原告に宛てた担保借入証であることからみて、別段この認定の妨げとなるものでない)控訴人の主張する前記未納の二十一万四千八百五十円の酒税が同一酒税年度の基本税及び加算税を合算した酒税であつて、且つそれが同酒造年度容認石数の範囲内で製造された六石八斗八升に対するものであることは、前示の如く当事者間に争ないので、結局本件抵当権の被担保債権の範囲に属する酒税に、未だ右金額の未納があり、本件抵当権はまだ消滅しないものと云わねばならぬ。控訴人は、右申告洩れ六石八斗八升は訴外会社が当初から密造の意志で製造したもので、これに対し懲罰的制裁的の意味で課せられる逋脱税たる酒税にまでは本件担保権が及ばない旨を主張するけれども、前示甲第三号証及び原審証人白井甲子郎の証言(一部)によれば、右六石八斗八升は訴外会社においてそのうち二石二斗は無届で訴外二、三の酒店に販売移出して酒税を逋脱し、残り四石六斗八升は酒税を逋脱せんとして所持隠匿していたものであることが認められる(この認定に反する当審証人色川義雄の証言部分は措信しない)とは云え、これに対す刑罰としての罰金相当額まで担保するのでないことは勿論であるが、これに課せらるべき酒税としての基本税及び加算税(税を逋脱し又は逋脱せんとしたものであると、正当に移出申告したものであると、その他移出したとみなされたものであるとを問わず)を担保すべきものであることは、酒税担保という性質から元より当然のことであるのみならず、前示の如く当事者間の意思においても合致しているとみるべきものであるので、控訴人の主張するような見解を採り以つて前示判断を覆すことはできない。然らば控訴人が第二次的に、本件抵当権の担保する債権はすべて弁済したから抵当権また消滅しているという主張も失当である。

以上説示のとおり控訴人の本訴請求は第一次第二次ともに失当として棄却を免れず、これと同趣旨に出でた原判決は結局相当であつて、本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条に則りこれを棄却すべきものとし、控訴費用につき同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

物件目録

茨城県土浦市荒川沖字馬建場八百二十番

一、宅地 四百二十坪

同市荒川沖馬建場八百二十四番の四

一、宅地 四百二十四坪二合五勺

同市荒川沖字大道東六百四十三番

一、宅地 四百二十八坪

同市荒川沖大道東六百五十二番の一

一、宅地 五百六十九坪九合三勺

以上

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